◯ 世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略 VOL14
江田島孔明

△ イスラエルと核
 イラク戦争開始以後の展開を見ていくと、イスラエルが孤立化し、追い詰められている事が分かる。背景として、ネオコン主導のイラク戦争そのものに対する、世界中の反発がある。イスラエルの置かれた状況を考察することで、今後の中東情勢、世界情勢が理解できる。イスラエルの視点から見ると、核戦争の脅威が現実化していることがわかる。このような観点からイスラエルについて調べていると、非常に興味深い論文を発見したので紹介したい。かなり驚嘆すべき内容を含んでおり、信じるか否かは、読者諸兄の判断に委ねたい。過去のイスラエルの歴史を考え、私が個人的につきあった欧米人の話を総合すると、十分信じるに足る内容だと、私は思っている。

△ 核立国イスラエルの大量破壊兵器
http://www.zorro-me.com/2001-09/010914.htm より抜粋
執筆者:ジョン・スタインバック
 1991年の湾岸戦争以来、イラクの大量破壊兵器がもたらすと言われる脅威については非常に多くの注目が浴びせられてきたが、その一方で、この地域の不安定要因の当事者の一つであるイスラエルのことについてはほとんど何も語られていない。
 200から500の熱核兵器と先進のミサイル・システムを持ち人口600万人を要するイスラエルは、最近イギリスを抜いて世界で第5番目の核保有大国となった。今やイスラエルは、核兵器の保有数と洗練度においてフランスと中国と肩を並べる程になっているかもしれないのである。
 化学兵器や生物兵器、先進の核兵器、およびそれらを実際に使用することについてのアグレッシブな戦略をもつイスラエルは、この地域の大量破壊兵器の開発競争を煽る大きな一因となっており、また、中東の平和と安定を脅かす大きな存在となっている。
 イラクの大量破壊兵器を非難したり、北朝鮮などの「ならず者国家」に対する異常に執拗な集中非難する一方で、イスラエルが持つ挑発的とも言える兵器体制については無視を決め込む、という偽善性には開いた口が塞がらない。
 イスラエルの核計画の存在は、核不拡散と軍縮を意味あるものとするうえで深刻な障害となっている。イスラエルが保有する大量破壊兵器の問題は、イラクに対する制裁措置、中東での正義にもとづく平和、核軍縮などに懸念をもつ市民にとっては、はるか昔から論じられてしかるべきものである。

△ イスラエルの核爆弾
 イスラエルの核計画が始まったのは1940年代である。その計画は、エルンスト・デイビッド・ベルグマンの指導のもとでワイスマン科学研究所のアイソトープ研究部で始められた。ベルグマンは、1952年にイスラエル原子力委員会を設立した「イスラエル核爆弾の父」と呼ばれている人である。
 アメリカは、イスラエルの核能力の開発、核科学者の訓練、および「平和のための核」計画下で1955年に供与された小型「研究用」原子炉を含む核関連技術の提供などの面において、計画の最初から深く関与していた。
 しかし、実際の核開発支援の大半を提供したのはフランスであった。この支援は、ネゲブ砂漠のベルシーバ近辺に建設された天然ウラン重水炉およびプルトニウム再処理施設であるディモナの建設でその頂点に達した。
 イスラエルは、それ以前にも、重要な専門的技術を提供するといった形でフランスの核兵器計画の初期段階から積極的に関与していた。ディモナは1964年に稼働を開始し、その後間もなくしてプルトニウムの再処理も始まった。イスラエルはディモナが「マンガン精錬工場、あるいは繊維工場」であると主張しているが、ディモナの極端なまでの保安警備をみれば、それが嘘であることは明白である。
 1976年、イスラエルは自国のミラージュ戦闘機を1機撃墜しているし、1973年にはディモナに接近しすぎたリビアの民間航空機が撃墜され、104名の犠牲者を出している。
 イスラエルが1960年代の半ばにイスラエル・エジプト国境の近くのネゲブ砂漠で少なくとも1発、おそらく数発の核装置を爆発させたこと、さらにフランスがアルジェリアで行った複数の核実験にイスラエルが積極的に参加していたこと推測させる信用に足る情報がある。
 1973年のヨム・キップル戦争(第四次中東戦争)までに、イスラエルはおそらく使用可能な原爆を数ダースは持つようになっており、戦争勃発時には全面的核警戒態勢に入った。(注:エジプト、シリアの先制攻撃により、敗北寸前になったイスラエルを、ニクソン大統領(反ユダヤ)はぎりぎりまで軍事物資の支援をしなかった。そこで、アメリカへの恫喝の意味をこめ、ゴルダ・メイヤ首相はF4に核を搭載して出撃させようとした。しかし、衛星でそれを察知した共和党ニクソン大統領に圧力をかけられ阻止され、国務長官キッシンジャー(ユダヤ系)により、支援が決定された。このときのイスラエルへの冷淡な態度が後のウォーターゲートに繋がったといわれている。)
 先進の核技術と最も優秀な核科学者を抱えたイスラエルは、早い時期から一つの大きな問題に直面していた。つまり、いかにして必要なウランを入手するかという問題である。
 イスラエル領土内のウラン供給源はネゲブ砂漠にあるリン鉱脈であったが、その供給量は当時急速に拡大中の核計画からの需要を満たすにはまったく不十分であった。この状態に対する短期的な解決策は、フランスおよびイギリス国内で輸送中のウランをコマンド部隊に襲撃させてハイジャックすることであった。また、1968年の「プルンバット事件」では、200トンのイェローケーキ(酸化ウラン)を西ドイツと共謀して横流しすることであった。ディモナ施設用のウランを秘密裡に調達するこうした作戦は、その後すべての関係国によってその事実が覆い隠されたのである。
 また、次のような疑いも持たれている。ニュークリア・マテリアルズ・アンド・イクイップメント(NUMEC)というアメリカ企業が1950年代半ばから60年代半ばにかけて何百ポンドもの濃縮ウランをイスラエルに横流したというのである。FBIとCIAによる合同の調査が行われたり議会公聴会が開かれたにもかかわらず、誰一人として訴追されたものはいなかった。それでも、捜査にかかわった者の大半が、疑われたような横流しは実際にあったと信じていた。
 1960年代末、イスラエルはウラン調達問題を南アフリカと緊密な関係を結ぶことで解決する。両国の間で結ばれた相互報償関係は、イスラエルが「アパルトヘイト爆弾」のための技術と専門知識を提供し、その代わりに南アフリカはウランを提供する、というものであった。

△ 南アフリカとアメリカ合衆国
 1977年、ソビエトは、南アがカラハリ砂漠で核実験を計画していることが衛星写真から判明したとしてアメリカに対して警告を発した。カーター政権からの圧力によって南アのアパルトヘイト(人種差別)政権は実験を中止した。1979年9月22日、アメリカの衛星の一つが南ア沖のインド洋で小型の熱核爆弾の空中実験が行われたことを検知した。しかし、その報告は、実験にイスラエルが関与していたため、用心深く選ばれた科学者のパネルが短時間のうちに出した見解表明によって体裁がつくろわれ、重要な詳細はすべて闇の中に押し込められてしまった。その後になって、実際には3発の小型化されたイスラエル製の3発の小型化核装備砲弾の実験が行われたことが、イスラエルの情報源から判明した。
 イスラエルと南アの協力関係は、この実験によって終了したわけではなく、アパルトヘイト政権が打倒されるまで特に中距離ミサイルと最新の大砲の開発および実験に関して継続された。南アは、ウランと実験施設の提供の他にも、多額の投資資金をイスラエルに提供した。一方、イスラエルは、南アの貿易の窓口として協力するとことで、アパルトヘイト体制に課された国際的な経済制裁措置の実効性を殺ぐ役割を果たしていた。
 イスラエルの核計画を支援した主たる国はフランスと南アであったが、アメリカにも少なからぬ責任がある。
 あるオブザーバーによれば、イスラエルの核計画が「可能となったのは、イスラエルによる計算された偽装と、アメリカによる積極的な共謀があったればこそ[引用原典中で強調されている]である」という。 1950年代半ばの小型原子炉の供給に始まり、アメリカはイスラエルの核計画に重要かつ決定的な枠割りを果たした。
 イスラエルの科学者たちは主にアメリカの大学で訓練を受け、アメリカの核兵器研究室にも広く受け入れられていた。1960年代初頭には、ディモナ原子炉用の制御装置がトレーサー・ラボという米軍用原子炉の制御盤の主要納入業者から極秘のうちに入手された。トレーサー・ラボはこれらの制御装置をベルギーの子会社を通じて購入しているが、これに対しては当然アメリカ諜報界の黙認があったと思われる。
 1971年、ニクソン政権は何百もの「クライトン」をイスラエルに販売することを承認した。クライトンは、高性能核爆弾の開発に必要となる一種の高速スイッチである。 そして、1979年、カーター大統領はKH-11スパイ衛星で撮影した超高解像度の写真をテル・アビブに渡した。このときの写真が2年後にイラクのオシラク原子炉の爆撃に使われることとなる。 アメリカの先端技術のイスラエルへの移転は、ニクソンとカータ−両政権時代を通して行われ続け、レーガン政権下ではさらにその傾向が強まり、それが今日まで継続している。

△ ヴァヌヌの暴露
 1973年の戦争後、イスラエルは、「核不透明性」政策を続ける一方で、核開発計画を強化した。1980年代半ばに至るまでの間、世界中のほとんどの諜報機関はイスラエルが保有する核兵器の数を2ダース程度であろうと推定していた。ところが、ディモナのプルトニウム再処理施設で核技術者として働いていたモルデチャイ・ヴァヌヌの暴露によってすべての様相が一夜にして変わったのである。
 パレスチナ右派を支持する左翼支持者であったヴァヌヌは、イスラエルの核計画を世界に暴露することが人類全体にとって彼が行うべき使命であると信じていた。そこで、ヴァヌヌは何十枚もの写真や貴重な科学的データをイスラエルから秘かに持ち出す。1986年、ヴァヌヌの話はロンドンの「サンデー・タイムズ」紙に掲載された。
 ヴァヌヌによる暴露記事の厳密な科学的調査により、イスラエルが200個にものぼる高性能かつ小型の熱核爆弾を保有していることが明らかになった。ヴァヌヌからもたらされた情報では、ディモナ原子炉の能力はそれまでに何倍にも拡張されていること、イスラエルが毎週1.2キログラムのプルトニウムを製造しており、それが毎年10から12個の爆弾を作れる量であること、さらにイスラエルはさらに進んだ熱核兵器を製造していること、などが暴露された。
 調査報道ジャーナリストでありアメリカの諜報活動に関する研究者でもあるセイモア・ハーシュは、ヴァヌヌが暴露したデータについてこう述べている:「このデータが示していることは、我々が考えていたよりもはるかに大規模である。とてつもなく大きな計画である」
 ヴァヌヌは、サンデー・タイムズ紙での記事掲載の直前にイスラエル系アメリカ人のモサドの「マタ・ハリ」によってローマに誘き出され、暴行を受け、薬物を投与されて、イスラエルへ連行された。イスラエルの報道陣によるディスインフォメーションと中傷記事のキャンペーンが行われた後、ヴァヌヌは非公開の公安裁判によって反逆罪のかどで有罪となり、刑期18年の判決を受けた。彼は、6x9フィート(約1.8m x 2.7m)の独房で12年間を過ごした。アムネスティー・インターナショナルによれば、現代の独居房禁固としては最長期間であるという。
 その後1年間だけは限定条件付きで一般の囚人とともに過ごすことが許されたが、アラブ人との接触は禁止された。2000年以後、ヴァヌヌは再び懲罰房での独居を繰り返しており、現在でもまだ3年間の拘禁生活が残っている。ヴァヌヌが行った暴露は、世界の報道関係者、特にアメリカのそれによってほとんど無視された。そして、イスラエルは、核保有国としてのステータスに関してはただ乗り状態を謳歌し続けている。

<参考>
△ イスラエル最高裁、核開発暴露技師の出国禁止を容認
 【エルサレム=佐藤秀憲】イスラエル最高裁は26日、同国の核開発に関する機密を暴露し、国家反逆罪などで18年間服役後、4月に出所した元原子力技師モルデハイ・バヌヌ氏に対し、政府が課している外国人との接触や出国などを禁じる措置を容認する決定を下した。
 海外への移住を希望しているバヌヌ氏が、政府の措置を不服として訴えていた。最高裁は、バヌヌ氏が未公表の機密を保有している可能性があり、安全保障上、制限はやむをないとする政府の主張を支持した。バヌヌ氏は「イスラエルに真の民主主義は存在しない」と決定を批判した。 (2004/7/26/19:09 読売新聞)

△ クルーズ・コントロール
 イスラエルの核が世界で最も高性能なものであり、それが中東での「戦争を戦う」ために作られていることは、ほとんど疑う余地がない。
 現在、イスラエルが保有する核兵器のなかで中心的なものは中性子爆弾である。これは、致死的なガンマ放射線を最大にする一方で、爆発による影響と長期間の放射線残存を最小にするように設計された小型化された熱核爆弾である。簡単に言えば、『人間は殺すが、建物などはそのまま残る』というわけである。武器には、モスクワまで届く弾道ミサイルや爆撃機、巡航ミサイル、地雷---1980年代にイスラエルはゴラン高原沿いに核地雷を敷設した---および射程45マイルの大砲などが含まれる。
 2000年6月、サンデー・タイムズ紙(ロンドン)は、イスラエルの1隻の潜水艦からクルーズ・ミサイルが1発発射され、950マイル離れた標的に命中したと報道した。これにより、イスラエルはアメリカとロシアに次いで巡航ミサイルを保有する3番目の国となった。イスラエルは、今年このほぼ難攻不落といえる潜水艦を3隻配備することになろう。3隻の潜水艦のそれぞれには、4発の巡航ミサイルが装備される。搭載される爆弾そのものは、広島型の原爆よりも大きい「都市破壊型爆弾」から小型戦術核爆弾までの様々である。
 そのサイズや有効範囲の如何にかかわらず---そしてイスラエルの能力を過小評価するのは重大な誤りとなるであろうが---イスラエルの大量破壊兵器は明らかにイスラエル以外の中東諸国すべてを合わせた実際もしくは潜在的な兵器保有力をはるかに凌駕するものであるとともに、「抑止力」として必要となるいかなるレベルをも超えた極めて強力なものである。
 イスラエルはまた、あらゆる種類を含む化学・生物兵器も保有している。サンデー・タイムズ紙によれば、イスラエルは高性能な搬送システムをもつ化学・生物兵器を開発したという。イスラエル諜報機関のある幹部は、「ネス・ツィヨナ生物研究所で作られていない既知もしくは未知(『一般に知られていない』の意味?)の化学または生物兵器はほとんど無い」と認めている。同紙の報告では、化学・生物兵器を搭載できるように特別に設計されたF-16ジェット戦闘機についても触れている。この戦闘機のクルーは、通報後瞬時に兵器を積み込んで出撃できるように訓練されているという。
 1998年にサンデー・タイムズ紙は、イスラエルが南アから入手した研究成果を使って「エスノ(民族)爆弾」を開発中であると報じた。「『エスノ爆弾』の開発において、イスラエルの科学者たちは医学分野の進歩を活用しようとしている。それは、一部のアラブ人だけが持っている特定の示差的な遺伝子を同定してから、遺伝子的に変更を加えた細菌またはウィルスを作る…科学者達は、この示差的遺伝子を持つ者だけを攻撃する致死的な微生物を作りだそうとしている」
 イスラエル議会(クネセット)の左派議員デディ・ザッカーは次のように言ってこの研究を非難した。「わが国の歴史と伝統と経験にもとづいて道徳的に言えば、こうした武器は化け物のようなものであり、拒否されるべきである」

△ 核による侵略
一般の人々の想像では、イスラエルの核爆弾は、全滅を避けるために最後の最後にだけ使われる最終手段の武器であると考えられている。アメリカのジャーナリスト、セイモア・ハーシュが「サムソンの選択」と名付けたこの戦略は、イスラエル支持者の多くによって支持されている。
 この理屈がイスラエルの初期の核戦略家たちにどのような真実を想定させたにせよ、今日のイスラエルの核兵器はイスラエルの軍事・政治的戦略の全体とほどき難く結ばれ、また統合されている。セイモア・ハーシュは古典的と言えるほどの控えめな表現で、「サムソンの選択は、もはやイスラエルが使える唯一の核オプションではなくなっている」
 イスラエルは、正式に冷戦が終焉して以来、ベールをかけているとはいうものの数え切れないほど多くの核による脅しをアラブ諸国と旧ソビエト、そしてその延長である現ロシアに対して行ってきている。寒気を覚えさせる例の一つが、現在イスラエル首相となったアリエル・シャロンの次の発言である。「アラブ人は石油を持っているかもしれないが、我々はマッチを持っているのだ」
 もう一つの例は、イスラエルの核専門家オデッド・ブロッシュが1992年に言ったことである。「…攻撃をかけてくる者に対する抑止力として核オプションが我々の防御の主たる手段であることを恥じる必要はない」
 イスラエルの学者、イスラエル・シャハクは1997年に「平和に対する願いがイスラエルの狙いであると思われていることが多いが、イスラエルの政策の主たる原則は、平和に対する願いではなく、イスラエルの支配と影響を拡大することであると私は考えている。」シャハクはさらに言う。「イスラエルは、国内の状況が好ましくない方向に変化することを避けるために、戦争、必要とあれば核戦争、にすすむ準備を整えている。戦争が中東のどこかで起きた場合、イスラエルは明らかに核兵器を含むあらゆる手段を使う用意がある」
 イスラエルは、単に抑止力や直接の戦闘においてだけでなく、もっと微妙だが決して重要さにおいては劣らない他の目的にも核兵器を使用する。たとえば、大量破壊兵器を保有することは、現状維持を図ったり、あるいは、たとえば、いわゆる穏健派といわれるアラブ諸国を国内の暴動から守ったり、アラブ諸国間の戦争に介入する場合などにイスラエルにとって有利と思われる方向に情勢を仕向けるために、核の威力を使うことも可能である。
 イスラエルの戦略的隠語では、このコンセプトのことを「非伝統的強要compellence」と呼んでいる。この概念をよく表しているのは1962年のシモン・ペレスの次の言葉であろう。「より優位な武器システム[核兵器と読む]を入手することは、それを強要の目的に使用する可能性を意味するだろう。つまり、相手側にイスラエルの政治的要求を受け入れるように強要することで、それにはおそらく伝統的な現状維持を受け入れさせ、和平条約に署名させる要求が含まれるであろう」
 ロバート・タッカーは、1975年の「コメンタリー」マガジンの記事において、イスラエルの核兵器を擁護しながらも次のように言っている:「現状を凍結するために核抑止力を使うというイスラエルのタカ派的政策をどうすれば阻止できると言うのであろうか?」
 イスラエルの核爆弾のもう一つの使い方は、イスラエルに都合の良いようにアメリカに行動させるために使うことである。たとえそれがアメリカ自身の戦略的利益に反する場合でも、である。フランスの原爆計画を率いていたフランシス・ペリンは、1956年という早い段階で次のように書いている:「我々はイスラエルの原爆はアメリカに向けられていると考えていた。といっても、アメリカ人に向けて発射されるという意味ではなく、『もしあなたがたが我々が必要とする決定的な場面で助けてくれないというのであれば、我々はあなたがたが我々を支援するようにしむけるであろう。さもなくば、我々は(どこかで)核爆弾を使用するであろう』ということである」
 1973年の戦争中にイスラエルは、核兵器の使用をちらつかせて、イスラエルに大量の軍事物資を空輸させるようヘンリー・キッシンジャーとリチャード・ニクソン大統領に迫った。当時の駐米イスラエル大使シムチャ・ディニッツは次のように語ったと言われている:「もしイスラエルへの大量物資の空輸が即座に開始されなければ、アメリカは約束を破ることになると私は理解しています…そうなれば我々はきわめて深刻な結論を出さねばならなくなるでしょう…」
 1987年、このシナリオの一つの例が当時のイツハク・シャミール首相の経済アドバイザーであったエイモス・ルービンによって詳細に説明された。「もしイスラエルが孤立するようなことになれば、イスラエルはよりリスクの高い防御に頼らざるを得なくなるであろう。それは、イスラエル自身を、また世界全体をも危険に晒すこととなろう…イスラエルが核兵器への依存しないですむようにするためには、毎年20〜30億ドルのアメリカの援助が必要である」 1987年以降、イスラエルの核兵器は量的にも質的にも飛躍的に拡大してきている一方、アメリカの財布の紐は緩みっぱなしである。

△ 含まれる意味
 先ずイスラエルは、自国の都合で必要とされる場合以外は、平和の達成になんの興味も持っていないことは明らかであり、また、誠意をもって交渉にのぞみ、核計画を削減したり、核のない中東実現を真剣に議論したりするつもりはまったくないのである。
 イスラエル・シャハクは、こう言っている。「自主的な判断に基づいて核兵器を使用するとするイスラエルの主張は、国の基本戦略が依って立つ基盤であると考えることができる」 セイモア・ハーシュは次のように言っている。「イスラエルの核兵器の規模と先進度は、アリエル・シャロンのような男に核武力による暗示的脅威を背景に中東の地図の線引をし直すことを夢見させる」
 この分析が信用に足るものであることを示す証拠は山ほどある。元イスラエル首相のエゼル・ワイツマンは、こう言っている「核の問題は現在ますます勢いを得ている。次の戦争はもはや通常兵器による戦争にはならないであろう」
 イスラエルの軍事専門家ゼエヴ・シフは「ハーアレッツ(Ha'aretz)」に次のように書いている:「いつの日かイスラエルが核兵器の拡散を禁止する国連議定書に署名するだろうと信じている者がいるとすれば、それは白昼夢にすぎない」 また、イスラエル国立兵器開発研究所所長のムンヤ・マルドックは1994年にこう言っている:「核兵器の道徳的・政治的意味は、核兵器の使用を放棄する国家は属国の地位に甘んじることを黙認していることになるのだ。通常兵器だけを保有することで満足しているすべての国家もまた属国となる運命にある」
 イスラエルの社会がますます偏向化するにつれて、極右勢力の影響力もますます強くなっている。シャハクによれば、「グッシュ・エムニム、あるいはイスラエルの一部の世俗的な狂信的右翼、あるいは精神に異常をきたしたイスラエル陸軍の将軍などがイスラエルの核兵器を支配するという予想を…全く排除することはできない…イスラエルのユダヤ人社会が確実に偏向化していくなか、イスラエルの安全保障システムは人員の確保においてますます極右から仲間に依存するようになっている」
 将来、中東で戦争が起きたとき---アリエル・シャロンが首相になったことを考えれば、まったくあり得ないことではない。シャロンは、1953年のクィビアでのパレスチナ民間人の虐殺から、1982年のサブラとシャティラでのパレスチナ民間人の虐殺、そして82年以降の同様の虐殺までの血塗られた経歴をもつ訴追を免れている戦争犯罪人である---イスラエルが核兵器を使用する可能性を割り引いて考えるべきではない。
 セイモア・ハーシュは警告する。「中東で再び戦争が起これば…あるいは、かってイラクがそうしたように、いずれかのアラブ国家がイスラエルにミサイルを打ち込んだ場合、最終手段として以外には考えられなかったこと(訳注:核の使用)が今度は現実となる可能性が強くなるであろう」

△ 欠陥のある戦略
 中東和平活動家の多くは、これまでこの地域におけるイスラエルの核兵器独占に異議を唱えることはもちろん、それについて議論することにも熱心ではなかった。その結果、この問題については、不完全で無知な分析や欠陥のある行動戦略がいくつもみられる。
 しかし、イスラエルの大量破壊兵器の問題を直接議論のテーブルに乗せることで、そうした状況を変える以下のような効果が生まれるであろう。
 先ず最初に、中東の軍備競争を推進させ、地域内の各国が自らの「抑止力」を求めるよう仕向けている主要な不安定化力学を白日の下に照らし出すこととなろう。
 第二に、大量破壊兵器を開発しているとしてイラク、シリア、および北朝鮮を非難する一方で、その主たる原因を作っている国を保護するとともに、同じような開発を容易にしてやっているアメリカとヨーロッパのグロテスクなダブル・スタンダード(二枚舌)を暴き出すであろう。
 第三に、イスラエルの核戦略を暴露することは、国際的な注意を集めるのに役立つであろう。それによって、イスラエルの大量破壊兵器を解体し、誠意をもって交渉に臨ませるようプレッシャーをかけることになる。
 最後に、核を持たないイスラエルが実現すれば、核のない中東の実現もまんざら夢ではなくなる。そうすれば、地域の包括的な和平協定の可能性ははるかに高くなるはずである。
 国際社会がイスラエルの隠された核計画についてイスラエルと正面から対決しない限り、また、対決するまでは、イスラエル/アラブ対立の意味ある解決はもたらされる可能性はきわめて低い。そして、この現状こそ、シャロン政権時代に入ったイスラエルがまさに頼みとしている状況なのである。次号では、イスラエルの孤立化の現状と、その危険性を述べたい。(続く)
<参考>
△ 朝日7月20日仏、イスラエル首相の訪問拒否 「退避帰国」勧告に反発
 仏大統領府は19日、在仏ユダヤ人に対するシャロン・イスラエル首相の「退避帰国」勧告について納得できる説明があるまで、同首相の訪仏を拒む方針を表明した。「フランスでたけり狂う反ユダヤ主義」を理由にしたシャロン発言は、もともと親密とはいえない両国関係をさらにこじらせた。
 仏大統領府は「シャロン首相の訪仏があるとしても、イスラエル政府の説明の後だと先方に伝えた」と明らかにした。駐仏イスラエル大使を呼んで言い渡した模様だ。同首相の訪仏が具体的に検討されていたわけではないが、仏側が「好ましくない人物」と認定したことになる。
 シャロン首相は18日、仏国内でユダヤ墓地荒らしなどが続いていることを理由に、在仏ユダヤ人に「すぐイスラエルに移住すべきだ」と訴えた。仏外務省は「受け入れがたい発言だ」と釈明を求めたが、19日夜現在、イスラエル政府からの公式な反応はない。
 在仏ユダヤ人は西欧最多の約60万人。仏は同時に、北アフリカの旧植民地出身者を中心に欧州最大のイスラム社会(約500万人)を抱える。このため、中東情勢の悪化がユダヤ人への攻撃につながりやすい構造だ。
 仏政府は、中東問題で米国と一線を画す意図もあって伝統的にパレスチナ寄り。これに加えイスラエルでは、ナチス占領下の仏で繰り広げられた「ユダヤ人狩り」への恨みも根強いとされる。
(07/20 11:26)

<参考> △ 共同 「核兵器保有認める? イスラエル首相」
 AP通信などによると、イスラエルのシャロン首相は29日、自らが党首を務める右派リクードの会合で「米国はイスラエルが抑止力による自衛能力を持つべきだと認めている」と述べた。
 イスラエルは戦術核を保有しているとされるが、政府は肯定も否定もしない方針をとっている。しかし、今回の首相の発言は、核兵器保有に言及したとも受け取れる。
 一方、イスラエル放送は同日、1986年に英紙に核開発を暴露して国家反逆罪などで収監され、今年4月に18年ぶりに出所したイスラエル人技師、モルデハイ・バヌヌ氏が、当局の課した制約を破ってアラビア語紙のインタビューに応じたとして、治安当局が近く事情聴取すると報じた。
 政府は、外国報道機関との接触を禁じるなどバヌヌ氏の出所後の行動に大きな制約を課し、さらなる核情報の流出に神経をとがらせているが、同氏は最近、ロンドン発行のアラビア語紙アッシャルク・アルアウサトに対し、イスラエルが100−200発の核を保有していると述べた。(共同)(07/30 08:39)
△ 迎撃実験に初成功―イスラエル=イランの弾道ミサイル想定か
 【エルサレム29日時事】イスラエルが米国の資金援助を得て独自開発した弾道ミサイル迎撃システム「アロー」の実験が29日、米カリフォルニア州沖の太平洋上で行われ、実際に発射された長距離弾道ミサイルのスカッドの撃墜に成功した。
 単なる陰謀論を超え、ユダヤ系によるアメリカ支配および、そこから導かれる中東政策の正確な理解のために以下の佐藤 唯行 の著作は必読と思われる。ユダヤ系が、いかにアメリカで政治力、経済力を行使しているかを実例を挙げて論証している。
△ アメリカ・ユダヤ人の政治力、PHP新書 
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569613187/250-6151317-1763453
書評: 「本書は2000年の米国大統領選で、リーバーマン上院議員が民主党の副大統領候補に選ばれたことを契機に、この筆者が20年間暖めていたアメリカ・ユダヤ人の政治的影響力に関する研究結果を論じたものである。ただ実際には、1994年でアメリカで出版されたゴールドバーグ著"Jewish Power"に相当頼っている。現在のアメリカ政治はユダヤ系アメリカ人の影響力を抜いては考えられない。特に民主党はユダヤ系が牛耳っていると言っても過言ではない。しかし、実は、政治はアメリカ社会でユダヤ系が進出した最後の分野であり、彼らの活躍は1970年以降この30年足らずのことである。本書はそのあたりの実状を的確に記述したものとして、日本語の類書の中では高く評価されてよい。本間長世氏の「ユダヤ系アメリカ人」などとは比べ物にならないくらい真実を突いている。しかしクリントン政権第二期におけるユダヤ系補佐官・高官の絶対的影響力や、モニカ・ルインスキーがユダヤ系女性であったことなど、ゴールドバーグ以降の最近の観察が欠けており、また何故か読後感がもうひとつ物足りなかった。」
△ アメリカのユダヤ大富豪 なぜ彼らは成功し続けるのか 
http://esbooks.yahoo.co.jp/books/detail?accd=31362589
第1章 ユダヤ人の成功の秘訣―強固な同族人脈のネットワークとは
第2章 ユダヤ人大富豪が集中する最新の稼ぎ場―情報・通信産業
第3章 ウォール街の顔役たち―金融ビジネス
第4章 常に業界の先駆的役割を果たす―小売・サービス業
第5章 迫害の歴史のなかで培われた資質を活かす―メディア産業
第6章 業界シェアの過半を占める伝統的ユダヤ・ビジネス―玩具・化粧品・カジノ・観光業界
第7章 貧しいユダヤ移民の資産形成の花道―不動産業
第8章 なぜ彼らは成功したのか―ユダヤ人大富豪の人使い
エピローグ―家庭生活で育まれた企業家成功の秘訣
△ アメリカ経済のユダヤ・パワー なぜ彼らは強いのか
http://esbooks.yahoo.co.jp/books/detail?accd=30721139
△ アメリカ・ユダヤ人の経済力
http://esbooks.yahoo.co.jp/books/detail?accd=30584798
△ 英国ユダヤ人 共生をめざした流転の民の苦闘
http://esbooks.yahoo.co.jp/books/detail?accd=19511122  以上
(江田島孔明、Vol.14完)



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