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◯ 世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略 VOL24
 江田島孔明

△ 極東海域の安全保障
 冷戦時代にあっては、米ソの超大国がアジア海域からインド洋にかけて軍事力を展開し、米ソが国際管理する「緊張の海」が存在していた。自由主義圏と社会主義圏の人的交流や貿易は、大幅に制限されてもいた。それは、はからずも、国際的犯罪をある程度抑止する効果を持っていた。ところが、冷戦後のアジアに「平和の海」が出現し、自由化と民主化の波でヒトは自由に国境を越え、貿易が盛んとなったことが、新たな問題群を生み出す契機となった。イラク戦争以後のテロ多発はこの流れを決定づけた。
 簡単に言うと、世界は第一次世界大戦以前の状況(19世紀)に戻りつつあるのだ。
 日本列島から東シナ海、南シナ海を経てマラッカ海峡に連なる海域を、環太平洋海域と呼ぶことにする。アメリカの視点からみた地理的呼称が、西太平洋海域である。島国である日本の安全保障にとって、広義の太平洋海域は死活的な重要性をもつが、とりわけ環太平洋海域は、もっとも高い優先度が与えられてよい。
 環太平洋海域は日本にとって石油、天然ガス、プルトニウムなどエネルギー資源の供給ルートであるばかりでなく、貿易立国である日本の生命線を形成する。日本では冷戦時代に、日本周辺における通商ルートの安全保障を確保する目的で、本土から沖縄方向とグアム方向に二本の航路帯(シーレーン)を設定し、海上自衛隊に1000海里程度のシーレーンを防衛させ、通商路を確保するという戦略を構想していた。また対ソ連戦略という視点では、三海峡(宗谷、津軽、対馬)を封鎖することも想定されていた。こうした日本のシーレーン防衛構想とアメリカの海軍戦略が重なって、リムパック(環太平洋共同海軍演習)が生まれることになる。

 日本は単独によるシーレーン防衛が困難であるとの前提から、日米同盟を活用したアメリカ海軍との共同作戦が不可避と考えていた。またアメリカ海軍はシーレーン防衛という観点からではなく、原子力潜水艦を中核勢力とするソ連の太平洋艦隊との戦闘作戦を前提に、海上自衛隊の活用を検討していたわけで、両者の思惑が見事に一致したのが、リムパックであったと解釈できよう。
 日本はあくまでリムパックをアメリカ海軍との二国間演習と位置づけ、日米同盟下の二国間演習と説明してきた。現実にはアメリカの同盟国である韓国、カナダ、オーストラリアなどが参加した多国間演習であり、日本は多国間演習フレームワークの中における二国間演習として、リムパック参加を説明してきた。
 こうした政府主導のシーレーン戦略を発展させて、原油の供給ルートを確保する「新たなシーレーン防衛論」が民間からも登場することになる。「新たなシーレーン防衛論」は、日本列島から原油供給拠点であるペルシャ湾までが、シーレーン防衛の対象となる。この長い防衛線には東シナ海、南シナ海、マラッカ海峡、アンダマン海、インド洋が展開しており、海上自衛隊で安全を担保できる物理的能力を遥かに越えていたため、必ずしも現実的ではなかった。
 新たなシーレーン防衛論を展開する上で最大の障害は、自衛隊の活用を前提にして、いかに周辺国から自衛隊活用の同意を取り付けることであった。
 しかし、国内では憲法や自衛隊法をめぐる法解釈の問題が提起され、周辺諸国からは軍国主義復活への警戒感が惹起されるなど、新たなシーレーン防衛論は大きな進展を見ることがなかった。
 冷戦の終焉とともに、旧ソ連などを意識したシーレーン防衛論は歴史として語られるようになった。冷戦後の時代にあって、環太平洋海域は新たな安全保障問題に直面するようになり、これに対応した新しい安全保障政策が求められるようになった。

 新たな安全保障問題とは、マラッカ海峡や南シナ海における海賊問題の発生であり、国際テロリズムによる海洋安全保障への脅威である。さらに民族・宗教紛争の激化による不安定化、小型兵器の密輸が常態化することによる安全保障環境の悪化、更にはイラク戦争以後の米国の衰退と、米軍の中東シフトを考えると、地域の安定要因である第七艦隊のプレゼンス維持についても疑問(ラムズフェルドは空軍優先で空母廃止論者、次期在日米軍司令官も空軍から選出される)があり、環太平洋海域は新たな不安定要因を抱えるようになった。
 もちろん上記の問題群は決して一国では解決できるものではなく、多国間レベルによる政策調整が不可欠である。これらの安全保障問題は、その大半が沿岸付近や海峡で発生しており、遠洋で発生する件数は少ない。つまり沿岸警備の枠組みで、これらの安全保障問題を解決することになる。英語で「コーストガード」と呼ばれる海上警備機関は、冷戦後の環太平洋海域で発生する安全保障問題に大きな役割を演じる立場にある。
 このように新たな安全保障問題で、極めて重要な役割を期待されているにもかかわらず、各国の海上警備機関における質的格差は甚だ大きい。各国とも海軍には大きな予算を配分しておきながら、海上警備機関に対しては抑制した予算しか配分せず、また人的資源も限られたものであった。例えばASEAN諸国(東南アジア諸国連合)を見る限り、優秀な人材は海軍に採られ、海上警備機関は限られた人材しか確保できなかった、というのが実情であろう。
 日本のようにレベルの高い海上保安官を、環太平洋の海域国家に求めることは困難である。ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国に限定してみると、シンガポールのように人材育成で高い成果を上げている国もあるが、大半のASEAN諸国は人材育成で困難を抱えているのが現状だ。各国の海上警備機関に見られる質的格差を縮め、環太平洋海域で共同作戦が出来るような海上警備機関を各国で制度化し、人材を育成することが何より求められるのである。「環太平洋・コーストガード・アカデミー」は、こうしたニーズに応える構想として提起されたものである。

△ 国軍から分離した海上警備機関の重要性
 現在、日本の海洋安全保障と海上治安の確保は、防衛庁と海上保安庁の機能分担により行なわれている。日本の場合は、国土防衛(ナショナル・ディフェンス)と沿岸警備(コーストガード)を分離し、防衛庁が前者の任務を担い、国土交通省の外局である海上保安庁が、後者の役割を受け持つことで、理論上、明確な線引きがなされている。
 これは、海上治安、警察行動を全て海軍にまかせると、偶発的衝突から全面戦争に発展する可能性があるためである。このため海上安全保障政策においても区分されている。防衛庁は、他国および他の勢力の日本への侵攻に備え大型の自衛艦を装備し、海上保安庁は、機動性を重視した小型から中型の巡視船を装備し、違法者の取締などの警察活動をおこなっている。
 しかし、実態は海上自衛隊はその創設の起源から米海軍主導であり、現在も第七艦隊補完の対潜哨戒部隊兼補給部隊である。

<参考>
△海上自衛隊創立の経緯: http://www.love-navy.com/navy/tanjyou.htm 
 「吉田 元大佐らは日本の再軍備を整備することは日本の憲法等のため難しいと考え、不本意ながら海上保安庁を利用することを考えました。一時的に海上保安庁に属しいつかは独立し海軍になろうと考えていました。
 そして昭和26年10月にアメリカが日本政府に働きかけ、軍艦が供与されることになりました。そしてこの時、Y委員会なるものが生まれました。」(なお、戦前はアメリカを仮想敵と予算を取りながら、戦後は海軍創設のためアメリカの力を借りるという変節を示した海軍士官から事情を聞きたいものだ。彼らも官僚組織であり、組織防衛が最優先事項ということなのだろう。この海軍の変節による対米依存が戦後日本の対米従属を生んだ大きな理由の一つであることは事実だ。真の国軍再建を目指すなら、当初からアメリカに頼らず、時間をかけても自主海軍再建を目指すべきだったのだ。このボタンの掛け違いが海上自衛隊の第七艦隊補完部隊化という事態を招く。)
 しかし、海上保安庁は旧帝国海軍の掃海部隊をそのまま引き継いだ、いわば純血の国軍としての「海軍」であり、北朝鮮工作戦との交戦、撃沈(交戦シーン: http://www.kaiho.mlit.go.jp/info/news/h14/fushinsen/index.html )を見ても、日本の制海権は海上保安庁が担っているのが現状だ。

<参考> 海上保安庁の歴史
http://www.os-dream.com/bases.html
 「海上保安庁は海上における人命・財産の保護、治安の維持を目的として1948年に創設されました。日本の再軍備と周辺諸国から警戒されたこともありました。創設当初は旧海軍の艦艇が中心でした。職員は旧海軍軍人と民間人の寄り合い所帯でした。
 初期の南極観測に「宗谷」を使って協力しました。1952年に海上警備隊が分離独立し、旧海軍関係者が移籍して現在の形になりました。2001年に行政改革により運輸省が他の省庁と統合し、国土交通省となったため国土交通省へ移管されました。」

△ 機雷との戦い
http://www.worldtimes.co.jp/special2/kirai/040901.html
 「太平洋戦争末期、米軍はB29爆撃機で大量の機雷を日本近海に投下した。海上交通網を破壊する「対日飢餓作戦」の一環として行われたもので、その数は一万七百個に上った。日本には燃料や食糧が入らなくなり、息の根を止められた。
 戦後も大量の機雷は日本を悩ませた。日本が防備用に敷設したものを合わせると、残存機雷は約六万五千個。寿命が尽きるまで、強力な破壊力は失われることがない。航路が機雷に封鎖された状況は、戦後復興を図る日本にとって致命的だった。
 大久保武雄・初代海上保安庁長官は当時の状況を、著書で次のように述懐している。
 「日本人は終戦の玉音放送で、戦いは終った、もうB29は飛んで来ない、焼夷弾は落ちない、やれやれ……と思った。しかし日本の港という港には全部米軍の感応機雷が入れられて、日本は経済封鎖をされたまま終戦を迎え、この封鎖は何年つづくかわからぬ恐ろしい状態であった」(『海鳴りの日々』)
 つまり、機雷戦だけは終戦を迎えていなかったのである。そんな中、日本再建のために危険な機雷掃海業務に取り組んだのが、旧海軍の軍人だった。戦後間もない一九四五年九月中旬には作業を開始。翌年八月までに、触雷などによる犠牲者は四十人を超えたが、彼らの使命感が薄らぐことはなかった。
 掃海部隊の長期にわたる命懸けの貢献により、日本の生命線である海上交通路の安全は取り戻された。これが戦後復興に大きく寄与したことは疑いようがない。全国の港湾都市の市長が発起人となり、香川県の金刀比羅宮に建立された顕彰碑には、殉職者七十九人の名前が刻まれている。
 戦後、掃海業務の担当機関は海軍省、第二復員省、運輸省、海上保安庁などを経て、海上自衛隊にバトンが渡された。旧海軍の伝統を守りながら発展してきた海上自衛隊だが、この掃海部隊は実際に旧海軍から途切れることなく受け継がれた財産なのだ。」
 次号では、この海上保安庁を核にした、環太平洋海域における国際的海上哨戒体制を見てみる。海上自衛隊の第七艦隊補完部隊化という現状に鑑みて、シーパワーとしての日本を確立するためには、現状ではこの海上保安庁を実質的な国軍としての「海軍」として拡充、運用していくしかない。

<参考>
 以下の状況は、日中間の軍事衝突に繋がる可能性が非常に高いし、それに備えるべきだ。
△ 経産相「EEZ内での中国のガス田開発、大変な問題」 
東シナ海で日本が主張する排他的経済水域(EEZ)内に中国が天然ガス田の開発計画を持っているとの情報について中川経済産業相は19日の閣議後記者会見で、「事実だとすれば我が国にとって大変な問題だ。きちんと話し合って友好的に解決しなければならない」と述べた。開発をやめるよう中国側に申し入れる意向だ。
 この計画は中国の国有石油会社のウェブサイトに掲載されていたといい、経産省が確認作業を進めている。経産省は、日本のEEZのすぐ外で中国が開発を進める春暁ガス田の問題も含め、週明けにも開く日中政府間協議で事実関係をただす方針だ。
 EEZをめぐっては日本と中国で主張する海域が重なっている。中川経産相は「日本のEEZは中間線をとって中国側に配慮している。中国の主張は日本を無視した一方的なものだ」と中国を批判した。 (10/19 11:47)

<参考>
 以下は集団的自衛権容認を主張する読売の社説だが、「日本近海の公開で米艦船が攻撃を受けた」状況は周辺事態法の適用でカバーできるし、日本自体の防衛に絡んでの話なら個別的自衛権の範疇だ。集団的自衛権の対象ではない。このような、基本的な認識もできていないメディアの社説にだまされてはいけない。
△ 10月18日付・読売社説
 「だが、例えば、日本近海の公海で米艦船が攻撃を受けた際、近くにいる海上自衛隊艦船が、集団的自衛権の行使になるとして座視するようなことがあれば、日米同盟関係は大きく揺らぐ。そうなれば日本有事の際の「領域保全能力」が、著しく損なわれる恐れがある。」 (2004/10/18/01:48 読売新聞)
 原油高に歯止めがかからないが、これで中国経済の失速に拍車がかかるだろう。石油備蓄が無く、日本のように省エネ技術がないからだ。穿った見方をすれば、中国への兵糧攻めか?やはり、中国の有人宇宙飛行成功(ICBM実用化と中東への売り込み)は中国潰しのトリガーだった。

△ 原油高:60ドルは時間の問題 世界経済の懸念材料に
 【ロンドン福本容子】9月末に初めて1バレル=50ドル台に乗せた米国産標準油種(WTI)の原油価格は、その後も上昇に歯止めがかからず、2週間余りで55ドル台に突入、60ドルは時間の問題との見方が広がっている。国際通貨基金(IMF)によると今年の世界の経済成長率は73年以降、最高になる見通しだが、原油高の長期化は、来年の世界経済の大きな懸念材料だ。
 ニューヨーク市場のWTI11月渡しは17日、1バレル=55.33ドルの過去最高値を記録。年初からは65%も上昇した。
 原油高が止まらない要因の一つに、暖房用油の需要が高まる冬が近づいていることがある。ハリケーンで製油所の生産活動が低下したこともあり、特に米国で冬場の不足に心配が出てきた。
 供給不安も消えない。米シンクタンク「グローバル・インサイト」の主任エコノミスト、N・ベラベシュ氏は、1バレル=60〜70ドルで推移する「危機のシナリオ」の可能性が25%あると予想。そうなるのは(1)サウジアラビアの主要生産基地をテロリストが破壊(2)イラクの原油輸出が大幅に低下(3)ベネズエラの石油労働者がスト(4)ナイジェリアでの紛争悪化−−が複数、同時に起こった場合という。
 このシナリオでは、ドイツ、イタリアが再び不況に陥る可能性があり、エネルギー依存度の高いアジアが深刻な打撃を受ける。同氏は「エネルギー効率が最も高く、これまで原油高の影響をあまり受けていない日本でさえ、05年の成長率予測は2.5%から1.5%に鈍化」すると指摘する。
 国際エネルギー機関(IEA)は今月の月報で、来年の世界の石油需要増加幅を32万バレル下方修正し、145万バレルとした。今年の年間増加幅(推計)の271万バレルを下回るもので、IEAは、原油価格が「直接、間接に需要を鈍らせる」とみる。 毎日新聞 2004年10月19日 1時07分  以上
(江田島孔明、Vol.24完)


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