
◯ 世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略 VOL41
江田島孔明
前回紹介した、テミストクレスに見られるシーパワー戦略の真髄とは、一体何であろうか。それは簡単に言えば、「陸地の支配の放棄」ということにつきる。より根本的には、「現状の価値体系そのものを放棄し、新たな決戦場を求めるパラダイムシフト」であるともいえる。
この「パラダイムシフト」ということが最も重要な点であり、閉鎖的、硬直的なランドパワーには到底理解できない点でもある。テミストクレスはアテネや聖地アクロポリスといったそれまでの価値を放棄し、海上決戦に全力を傾注したわけだ。
これを、現代の日本に置き換えるとどうなるだろうか。日本における現在の価値とは、永田町や霞ヶ関の支配であったり、マスメディアの支配であったりするだろう。ランドパワーの観点ではこういった「陸地」を支配すれば、日本を支配できることになる。このような観点から、田中角栄以来、日本のアクロポリスはランドパワーに支配され続けていたともいえる。
では、日本のシーパワーとは何であろうか。海上自衛隊であろうか。確かに、海軍というものは、19世紀のマハンの時代のシーパワーではあったし、制海権の保持がシーパワーの生命線であることから、その重要性は変わらない。
しかし、私は、敢えてテミストクレスが三段櫂船にギリシアの運命を託し、決戦場を海上に置いたことにならい、現代の海とはインターネットであると断じたい。そして、現代の三段櫂船とは、ブロードバンドで繋がった、圧倒的多数の目覚めた市民に他ならない。そして、従来の地上波メディアが情報を独占していたことには考えられない、「ネットにより形成された世論」が国を動かすところまできていると考える。
この認識が、私をして、史上初であろう「ネットを通じたシーパワーとしての国家戦略の提言」という手段をとらせたのだ。地上波メディアには何の真実もないが、ネットには1%の真実があり、それを拾うことのできる市民のみが、この激動の時代を生き残ることができるだろう。
現在、メディアを賑わせているライブドア(背後にリーマン)によるニッポン放送買収の推移について、結果がどうでるか不明だが、長期的に見て新聞やテレビを見なくても、ネットで十分情報をとることができる時代に入ったことを象徴する、地上波や新聞といった従来型メディアが衰退の一歩を辿りつつあることの証明ともいえ、その象徴的な出来事だと考える。
最も重要な点として、今後の世界大戦の時代を、現在の陸地に固執する永田町やマスメディアでは、絶対にリードできないということだ。あくまで、旧来の価値観を全て捨て去り、シーパワーとして確立した戦略家「テミストクレス」が日本には必要なのだ。
そして、日本のランドパワーである永田町やマスメディアは、日本のシーパワー戦略を自らの既得権を犯すものとして弾圧するだろう。テミストクレスもペルシャ戦争後、保守派の反感を買い、アテネを追放されている。
ここで、シーパワー戦略というものを、世界上の「情報の流れ」として考えてみたい。世界史とは、古代から、中世までは、陸上の支配権を握った者が圧倒的に優位に立った。交通や輸送手段が馬や馬車に限られていたためであり、シルクロードを押さえた勢力が世界を支配したわけだ。しかし、15世紀に羅針盤が開発され、船舶の大型化が進も、地理上の発見が欧州で進むと、今度は海上を支配した勢力が世界を握った。大航海時代だ。
20世紀にいたる人類の歴史は、この海上支配に成功した勢力が世界を支配していたことを示している。これは、海上交易が情報や物資の輸送ルートの点でシルクロードを大幅に上回ることを理解すればよいだろう。海上交易とは情報流通のハイウェイなのだ。20世紀の最後の10年で、この情報流通の革命が起きた。すなわち、インターネットの登場だ。
次号に続く 以上
(江田島孔明、Vol.41完)
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