◯ 世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL100
江田島孔明
今回から、情報通信分野における国家の役割を考察する。つまり、情報から見た場合に、どのような国家像が考えられるか、そこから見えてくる問題とは何か、そしてどのような政策が求められているのかである。
シーパワー戦略の根幹はエネルギー、食料、情報通信、金融そして軍事の5要素(戦略の五道)についての連立方程式を解くことで、適切な解を与えることであり、中でも、情報通信戦略は根幹をなす。
シーパワーは英米をみても分かるが、情報産業が発達し、情報の優位性により、ランドパワーを封じ込めるという戦略をとる。日本では、この点の考察が弱いようで、明確な情報通信戦略がないことが問題だ。
情報通信の世界はめまぐるしく変化している。例えば半導体チップの性能は18カ月毎に4倍になるという「ムーアの法則(インテル社のゴードン・ムーアが導き出した経験則)」が知られている。そうした変化の早さに国家という制度・枠組はついていけないかに見える。
そのために最先端の情報通信技術でつなぎ合わされたグローバル経済・市場には、国家が不要であるという議論もある。しかし、依然として政策や規制の単位は国家であり、国家は主権を放棄していない。従って、変化が著しい情報通信分野においてこそ再び国家に注目する必要がある。
現代社会が情報化の度合いを進めていることには異論がない。しかし、その情報化の中身は多様である。家庭や職場にコンピューターを導入することをもって情報化とする考え方がある一方で、活字メディアや放送メディアがデジタル化されることを情報化という場合もある。
本来、我々の世界は情報であふれている。我々の存在自体が情報であり、無意識のうちに大量の情報を発信すると同時に受けとってもいる。そういう意味では情報で満たされた社会に我々は生きている。そこであえて情報化という時には「情報が電子化(デジタル化)され、蓄積され、加工され、伝達され、共有される」度合いが高まっているということが背景にあるのだろう。
社会の情報化と同時に、政治もまた情報化している。政治を様々な価値や資源の分配に関する意思決定・合意形成のプロセスだと考えるとすると、そのための手段は、暴力や搾取から説得や誘導に移ってきていると指摘されている。 政治は情報を使ったアクター間のゲームになりつつある。冷戦が終わって、大量破壊兵器による大量殺戮の可能性が下がってきた現在、情報としての政治の役割はますます大きくなっている。米国の大統領選挙で顕著なように、テレビや新聞などのマス・メディアを通じた政治は従来から威力を発揮してきた。さらに現代では情報はデジタル化され、インターネットなどの新しいメディアの中で語られるようになっている。
社会における政治的な営み・行為の結果として人類は、国家という制度・枠組を作り上げてきた。政治において情報が重要な役割を果たし、政治的な制度として国家が重要なものだとするならば、「国家と情報」という問題も重要性を増しているだろう。
近代的な国民国家(nation-state)の成立を1648年のウェストファリア条約に求めるならば、国家は人類史上まだ新しい制度である。しかし、政治制度としての国家は現代において不可欠なものとなっている。
情報通信技術の発達による経済のグローバル化に伴って、国家の役割の低下が指摘されているが、しかし、情報を収集し、蓄積し、分析し、活用するためのシステムとして、国家はその役割を失っていない。
例えば、議員代議制というシステムは、国民の意見という情報を集約し、議論し、国家としての意思決定・合意形成をするためのものであり、これが失われていいと考えることはできない。
しかし、国家という意思決定・合意形成システムが情報を扱うやり方は一つではない。それは国家制度、国家形態として現れてくる。民主制度は情報を底辺から集約するシステムだが、権威主義体制は情報の流通を制限するシステムであるといえるだろう。
こうした情報に対する国家の態度に相違があることを踏まえて、情報から見た場合の国家のモデルを特に「情報国家(information state)」と呼ぶことにする。
なぜこうした国家と情報という視点が重要なのであろうか。第一に、政治学あるいは国際政治学において、情報の問題が必ずしも十分に論じられてきていないということがある。
情報を扱った枠組としては、国際コミュニケーション論(情報通信あるいはコミュニケーションがコミュニティ形成の重要な要因の一つと考える)や国際レジーム論(放送や通信を規制する国際電気通信連合[ITU]を中心とした電気通信レジームにおける国際協力を考える)、政策過程分析(サイバネティックス・アプローチを応用した政策過程モデルを構築したり、組織内における情報伝達の問題を考える)、ゲーム論(不完全情報の問題がアクターの選好を大きく左右すると考える)などで論じられてきた。
しかし、例えばインターネットのような通信と放送の両方の要素を兼ね備えたメディアがグローバルに展開していることを分析する枠組は、いまだ議論の最中である。
第二に、現実の問題として、政治経済における情報通信の役割が今後大きくなると予測される。短期的に見ても、1990年代の日本経済はバブルの後遺症に悩まされ続けたのに対し、米国は80年代の不調から一転して、情報技術(IT: InformationTechnology)を使って活力ある経済を取り戻している。
より長期的に考えれば、国益と情報という問題もある。明治維新まで話をさかのぼれば、明治新政府は「欧米の技術や考え方という情報」を積極的に取り入れ、国家を転換させるのに成功した。情報を国益に結びつけることができたのである。
しかし、国際社会においてその存在を認知されるにつれて、外部・内部の情報を適切に処理できなくなってしまったように思われる。太平洋戦争を見ても、暗号解読という情報戦で完全に負けていたことが、ミッドウェーの敗戦やその後の敗北に繋がった。
それに対し、英国と米国は情報を国益に関わる戦術、戦略へ活用することに長けていた。ドイツや日本の暗号解読をはじめ様々な形で情報を吸い上げ、さらに、自分たちがそうした活動によって利益を得ていることを相手に悟らせなかった。
なお、太平洋戦争中の日本では陸軍、海軍、外務省と独自に暗号体系を開発していた。ほとんどが米英側に解読されている。米英側が無限乱数式暗号などを活用した陸軍の高度の暗号には手を焼いたという話はあるが、外務省、海軍のことはあまり聞かない。
ミッドウエー海戦は短期間であったが連戦連勝を続けてきた日本軍側が初めて経験した挫折であり、太平洋をめぐる日米両軍の戦いにおけるターニング・ポイントとなった。
まさにミッドウエー海戦は「太平洋の戦局はこの一戦に決した」というべき戦いであり、「戦史上特筆大書さるべき」海空戦であったが、それは日本側にとってではなく、戦果絶大なものがあったのは米軍側であった。
この作戦は山本五十六司令長官のシナリオ通り進行。ミッドウエーを攻略することによって米空母部隊の誘出を図り、これを捕捉撃滅することは現在の戦力からみて容易であると判断、ミッドウエー上陸予定日は月齢や気象を踏まえて6月7日(昭和17年)と計画され、同じにアリューシャン攻撃も行われることとなっており本作戦には日本連合艦隊の決戦兵力のほとんど動員されていた。(350隻の艦隊、飛行機1000機、将兵10万以上の大出動)
山本五十六司令長官に「日本海軍暗号の解読は絶対にありえない」と言はした暗号であったが、守勢の立場にあった劣勢の米国海軍の強い力となったのがこの暗号解読であった。
日本海軍主力が太平洋のどこかで遠からず積極的な作戦に出てくることは確実であったが、その時期や目的地について判断がつきかねていた。その時期、日本海軍の最も広く用いられた戦略常務用(海軍暗号書D)の解読に取り組んでいた米軍海軍情報部は5月26日までにほぼその解読に成功。ミッドウエー作戦の計画に関して、日本側の作戦参加艦長、部隊長とほぼ同程度の知識を得ていた。
<参考>
日米陸海軍暗號解讀史余話。
http://homepage2.nifty.com/ijn-2600/angoukaidoku.html
逆に、第二次大戦における英国は、シーパワーの本家らしく、情報の重要性を理解していた。
1940年6月、フランスがドイツに降伏し、フランス軍はドーバー海峡を渡ってイギリスに逃れる。ヨーロッパ西部をほぽ制圧したドイツは、イギリスに降伏を迫った、イギリスは断固拒否。同年7月、ドイツはイギリス本土へ本格的な空襲を開始した。
特にロンドンヘの空襲は、9月から10月はじめまで続いた。大きな打撃を受けていたイギリスにとって、ドイツ軍の情報入手が最重要課題だったが、ドイツ軍は「エニグマ」という優秀な暗号作成機を使って通信していた。
第2次世界大戦においてドイツの「エニグマ」、日本の「パープル」は、解読が困難な暗号として有名である。エニグマは3つの歯車と電気プラグで暗号を組み替えるもので、その組合わせの数は10京(兆の10万倍)。しかも、ドイツ軍は毎日、暗号の組み合わせを変えてくるため、暗号の解読は不可能とされていた。イギリスは、ドイツ軍の暗号を解読するため、外務省暗号研究所に約1万人の人材を投入する。
その中、数学者のアラン・チューリングを中心とするチームが、電磁石を使った電気式計算機「ボンベ」を開発し、1940年11月、見事にエニグマ暗号の解読に成功したのだ。
さっそく傍受したドイツ軍の暗号を解読した結果、ドイツは攻撃目標をロンドンから別の都市へ変更。最初の標的はロンドンの北西にあるコベントリーという町で、攻撃の日は、11月14日と判明した。
情報はチャーチルのもとに伝えられ、暗号研究所のメンバーは、イギリス軍がドイツ軍を返り討ちするニュースを心待ちにしていた。ところが、チャーチルはこの情報を無視。コベントリーは無防備のまま空襲を受け、街は壊滅的な被害を受けた。
チャーチルはコベントリーを失うことよりも、イギリスの暗号解読能力を知られることを恐れたのだ。
この後も、ドイツはエニグマより格段に解読が難しい新型暗号機を開発するが、イギリスも真空管を使った世界初の電子計算機「コロッサス」を1943年12月に完成させ、この暗号を解読させている。
これらはすべて最重要機密として扱われ、その存在が明らかになったのは、戦後30年たってからである。エニグマ暗号が解読可能なことも、長く秘密にされた。
大戦後イギリスは、ドイツから大量に押収したエニグマ暗号機を、中南米やアフリカ諸国に「高いコンピューターを使わずに解読不可能な暗号を作る機械」と言って、売却している。エニグマを買った国は大喜びで、外交文書をエニグマで暗号化し、大使館や情報機関とやり取りした。もちろん、この情報はイギリスには筒抜けであった。
イギリスは国家機密を守るために多くの自国の市民を犠牲にしたが、これは正しい判断であったとされた。チャーチルは英雄となり、1953年には、『第2次世界大戦回顧録』で、ノーベル文学賞を受賞している。
現代において情報の意義はさらに高まってきており、情報を国益と結びつける技術の重要性はさらに高まってきている。
米国はそうした情報の戦略性にいち早く気づき、投資を強めている。米国は現代における一つの情報国家のモデルとなっているといえるだろう。
情報国家には三つのタイプがあると考える。つまり、独占型情報国家、ガバメント型情報国家、ガバナンス型情報国家である。この三つのタイプは、情報独占と情報共有のどちらを重視するかによって位置づけられる。
つまり国家の内外あるいは政府と国民との間で情報が共有されるか、あるいは一部の人々の間で独占されてしまうかによって、国家の情報に対する態度を区別するのである。そして、この情報国家モデルを使って、主として米国を事例にとりあげて分析をする。
米国は世界で最も競争力のある情報通信産業を有し、世界の情報の流れを左右することができる立場にあり、現代の情報通信大国である。インターネット発祥の地でもある米国を抜きにして現代における情報と国家の問題を語ることはできない。
情報通信分野におけるいくつかのトピックをとりあげ、ケーススタディを行い、歴史的な考察と国際比較を織り込みながら、多角的に情報通信大国としてのシーパワー米国と英国の姿をとらえていくことにしたい。
それによって、日本の国益の確保のみならず、国際関係の安定とグローバルな経済の発展への礎の一つとなることを期待している。 以上
(江田島孔明、Vol.100完)
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